MIDWEST 50周年特別対談
大澤武徳 × 小笠原拓郎
デザイナーのクリエイションを、次世代へつなぐ場所
1976年に名古屋で創業したMIDWESTは、今年50周年を迎えた。国内外のブランドやクリエイターとともに歩みながら、デザイナーたちの思いやものづくりの背景を伝え続け、日本のファッションシーンに独自の存在感を示してきた。
節目となる今年は、名古屋・栄に誕生する新たな商業施設「HAERA」への出店を予定するとともに、50周年を記念した50ブランドによる特別展示を開催。デザイナーのクリエイションを次世代へつないでいく企画が動き出す。
今回、MIDWESTの2代目で代表取締役社長・大澤武徳と、30年近くにわたり世界のファッションシーンを取材し続ける繊研新聞編集委員・小笠原拓郎による特別対談を実施。ともに愛知県出身であり、それぞれ異なる立場から日本と世界のファッションを見つめてきた二人。名古屋という街が育んだ感性、MIDWESTが50年にわたり大切にしてきた価値観、そして日本のファッションが未来へ受け継ぐべきものとは何か。特別な節目に、過去、現在、未来を見据えながら語り合ってもらった。
独自のファッションカルチャーが
根づく名古屋
――お二人とも愛知県のご出身ですね。名古屋という街は、それぞれの洋服との向き合い方にどのような影響を与えてきたと思いますか。
小笠原:僕の高校時代はDCブランドブームの真っ只中で、栄のファッションビル「NOVA」のセールには行列が何重にもできるほどの熱気がありました。一方でパンクのムーブメントも盛んで、栄の地下街にはパンクスたちが集まり、そのままクラブへ繰り出していく。そんな独特のカルチャーが息づいていた時代です。東京とも大阪とも違う、名古屋ならではの熱量がありましたね。
大澤:名古屋は東京と大阪に挟まれた街なので、両方を見ながら動く気質があるように感じます。実際、東京・名古屋・大阪で店舗を運営していますが、新しいものへの反応は東京が圧倒的に早い。一方で名古屋のお客様は、一度しっかり見極めてから動く。その慎重さも、この街らしさだと思います。
僕自身は高校まで剣道一筋で、正月以外はほとんど休みのない生活でした。ただ、同級生の車にMIDWESTのノベルティのクッションが置かれているのを見て、「あれ?うちってこんなに知られているんだ」と驚いた記憶があります。本格的にファッションを学んだのは、業界に入ってからですね。
――小笠原さんが最初にMIDWESTを訪れたのはいつですか?
小笠原:大学時代ですね。まだ池下に店があった頃です。近くにあったショップにもよく通っていました。当時の名古屋は地方都市でありながら独自のカルチャーがしっかり根づいていて、ファッションに対する熱量も高かった。
――小笠原さんはMIDWESTをどんなショップとして見てきましたか?
小笠原:あの時代に「ポール スミス(PAUL SMITH)」をいち早く取り扱ったショップは、その後、地域の一番店になっていくケースが多かったんです。MIDWESTもその一つでした。当時の「ポール スミス」の影響力は本当に大きかったですからね。
ただ正直に言うと、オリジナル商品が増えていた時期は、あまりポジティブには見ていませんでした(笑)。しかしその後、デザイナーズブランドをしっかり仕入れて、販売するという原点に立ち返っていった。
大澤:僕自身、オリジナル商品にはずっと反対でした。セレクトショップは本来、デザイナーのクリエイションをお客さまに紹介する場所です。ビジネスを拡大するためにオリジナルを増やすのは、例えるなら高級焼肉店が500円のカルビを出すようなものだと思っていましたから。結果的にオリジナルはなくなり、セレクトアイテムだけで勝負する形に戻っていきました。それが今の姿につながっていると思いますし、MIDWESTらしさでもあると感じています。
“誠実さ”で築いた、
デザイナーとの信頼関係
――MIDWESTにはラフ・シモンズやクリス・ヴァン・アッシュといった著名なデザイナーがプライベートでもお店を訪れるなど、デザイナーとの親交の深さで知られています。これまでブランドとの信頼関係を築くうえで大切にしてきたことは何ですか?
大澤:「ラフ・シモンズ(RAF SIMONS)」とはブランド初期からお付き合いがあります。英語が堪能なわけではありませんが、コミュニケーションを大切にしてきました。僕はデザインについて口を出したことは一度もありませんが、納期のことや日本市場での反応など、小売の立場として伝えるべきことは率直に話してきました。
もう一つ大切にしているのは、支払いを1日たりとも遅らせないことです。当たり前のことだと思って続けてきましたが、先日あるブランドの営業担当の方から「どこに聞いても、MIDWESTは支払いに安心感がある」と言われたんです。長年積み重ねてきたことが、少しずつ信頼につながっているのだと感じました。
――そうした誠実な姿勢が、デザイナーとの信頼関係につながっているのですね。
大澤:ありがたいことに、海外のデザイナー同士でも「まずMIDWESTに行ったほうがいい」と口コミで伝わることもあると聞いています。
――小笠原さんから見て、MIDWESTの強みはどこにあるのでしょうか。
小笠原:やはり武徳さんがオリジナル商品をやめたことは大きかったと思います。多くのセレクトショップがプライベートブランドを強化し、ビジネスを拡大していく中で、MIDWESTはデザイナーのクリエイションを届けるという本来の姿に改めて向き合った。その姿勢が、結果としてデザイナーたちからの信頼につながっているのではないでしょうか。
――MIDWESTで大切にしていることは何でしょう。
大澤:スタッフたちのブランドの理解を深めることですね。パリ・ファッション・ウィークに連れて行ったり、デザイナー本人に来ていただいて勉強会を開いたり。ブランドの背景やクリエイションへの理解が深いスタッフが店頭にいるかどうかで、お客さまへの伝わり方は大きく変わります。
ただ商品を販売するのではなく、その服が生まれた背景やデザイナーの思いまで伝えることができれば、お客さまも「この店に来てよかった」と感じてくださる。そうした人材づくりに一番投資してきたと思います。
渾身の50周年企画と、
シューズが主役の新店舗
――今回50周年を記念して、50ブランドのデザイナーによる作品展示が実現しました。
大澤:最初に「50周年だから50ブランドに参加してもらう企画をやりたい」と話した時は、スタッフからも「さすがに難しいのでは」と言われました(笑)。例えばラフ・シモンズは最後まで許可の調整に時間がかかりましたし、リック・オウエンスは通常こうした個店の企画には参加されないようですが、22年間一度もオーダーを休まずに続けてきた実績を評価していただき、協力していただくことができました。
今回展示される作品は、その後チャリティオークションとして名古屋、大阪、東京を巡回します。50周年を振り返るだけでなく、次の世代へとつながっていく企画になればと思っています。
小笠原:一点ものということもあって、各デザイナーがどんなアプローチでくるのか、興味深いですね。「セッチュウ(SETCHU)」の桑田悟史さんは「サンプルと量産でクオリティを絶対に落とさない」と話していましたが、さっき今回のために作ったコートを触ったら、カシミヤでしたよ。販売値にすればおそらく140万円ほどになると思います。
――またこの50周年のタイミングで、名古屋栄にオープンするラグジュアリーモール「HAERA」への新店舗出店されますね。
大澤:新店舗は、シューズを中心に据えたギャラリーのような空間になる予定です。東京で開催してきたデザイナーとのイベントや企画を、名古屋でも発信できる拠点にしていきます。
――MIDWESTはシューズの提案が強い印象があります。
大澤:実際、シューズの売上構成比はかなり高いんです。接客にもこだわってきました。例えば、うちのフィッティングルームには鏡を置いていません。鏡があると、お客さまが外に出てきてくださらない。出てきてくださることで、スタッフが全身のコーディネートをご提案できるんです。
フィッティングルームから出てこられたタイミングで、その服に合う靴を履いていただき、全身のスタイリングを楽しんでいただく。そうした接客を積み重ねてきた結果、シューズがMIDWESTの強みの一つになっていきました。今回の新店舗も、インポートから国内デザイナーズブランドまで豊富な品揃えになります。意外と、今までありそうでなかった業態なんですよ。
小笠原:過去に渋谷パルコへ出店された頃、「ダーク ビッケンバーグ(DIRK BIKKEMBERGS)」の靴がずらっと並んでいた光景は今でも覚えていますよ。その時からシューズが強いという印象がありますね。
希望と危機感が入り混じる、
日本のファッションの未来
――最後に、お二人は日本のファッション界の現状について、どう見ていますか?
小笠原:次々と若いデザイナーが出てくる国は、今の世界では日本くらいではないでしょうか。その背景には、優れた技術を持つ国内の工場や職人たちの存在があります。厳しい状況の中でも、何とか踏ん張っている人たちがいるからこそ、新しいクリエイションが生まれている。
一方で、近年は外資による国内工場の買収も進んでいます。優れた工場が海外企業に囲い込まれてしまえば、若いデザイナーが依頼できなくなるかもしれない。そうなる前に、日本の企業や業界全体で技術を支える仕組みを考えていく必要があると思います。
大澤:日本のデザイナーは本当に素晴らしいものづくりをしています。ただ、ビジネスの規模という点では、まだ海外ブランドとの差が大きい。海外では経営を担うパートナーがいて、デザイナーはクリエイションに集中できるケースが多いのですが、日本ではデザイナー自身が経営も背負っていることがほとんどです。売上が厳しくなると、本来やりたい表現との間で葛藤も生まれてしまう。
だからこそ、僕たちのような小売がしっかり販売していくことで、少しでもデザイナーを支えていきたいと思っています。また、世界から日本への注目は確実に高まっているのに、「楽天ファッションウィーク東京」の参加ブランドが減っていくのを見るともったいないと感じます。日本のファッションには、まだ大きな可能性があるはずですから。
PROFILE
小笠原拓郎 / Takuro Ogasawara
繊研新聞社 編集委員
1966年、愛知県生まれ。1992年に繊研新聞社入社。1995年から欧州メンズコレクションの取材を開始し、2002年からは欧州およびニューヨークのウィメンズコレクションも担当。30年以上にわたり世界のファッションシーンを取材・考察し続けている。これまでに取材したファッションショーは1万5,000件を超え、日本を代表するファッションジャーナリストの一人として知られる。
大澤武徳 / Takenori Osawa
株式会社ファッションコア ミッドウエスト 代表取締役社長
1968年、愛知県生まれ。1976年創業のセレクトショップMIDWESTの2代目として、2023年に代表取締役社長に就任。東京、名古屋、大阪の店舗運営を統括しながら、国内外のバイイングを手がける。長年にわたり国内外のデザイナーとの信頼関係を築き、別注企画やイベントのプロデュースを担当する。
Text Mami Osugi
Photo Ko Tsuchiya

















































